のんびりと。

twitterより長い文章を書く日記。

第167回(2022年上)直木賞候補作全部読むの巻。

はじめに

発表された候補作を全部読んで、どの作品が受賞するか予想しました。
ワンポイント感想で明確なネタバレはしていませんが、本を読みなれている人は内容の予想がついてしまう表現があるかもしれないので、それがイヤな場合はブラウザそっ閉じ願います。
逆に、フワっとしたことしか言ってないじゃん、と物足りない方がいらしたらそれもごめんなさい。
リンクは全体的にAmazonへ飛びます。

サクッと予想

今回はズバリ「スタッフロール」(深緑野分/文藝春秋)ではないかと予想します。素直に面白かった。
ノミネートは3回目だし、出版社も文藝春秋は1年空いてるし、そういう意味でも妥当だと思う。

個別感想

絞め殺しの樹」(河崎秋子/小学館)

あなたは、哀れでも可哀相でもないんですよ

 北海道根室で生まれ、新潟で育ったミサエは、両親の顔を知らない。昭和十年、十歳で元屯田兵の吉岡家に引き取られる形で根室に舞い戻ったミサエは、ボロ雑巾のようにこき使われた。しかし、吉岡家出入りの薬売りに見込まれて、札幌の薬問屋で奉公することに。戦後、ミサエは保健婦となり、再び根室に暮らすようになる。幸せとは言えない結婚生活、そして長女の幼すぎる死。数々の苦難に遭いながら、ひっそりと生を全うしたミサエは幸せだったのか。養子に出された息子の雄介は、ミサエの人生の道のりを辿ろうとする。数々の文学賞に輝いた俊英が圧倒的筆力で贈る、北の女の一代記。
絞め殺しの樹 | 書籍 | 小学館

いや、哀れかどうかはともかく可哀そうではあるよねえ、と思わず言ってしまいたくなるミサエちゃんの生涯。その人生の道のりを辿ろうとするらしい養子に出された息子の雄介。雄介君がミサエの人生を追体験していく話と思いきや全然そんなことはなく、ミサエちゃんの苦しい人生が語られるページ数多め。というか雄介君が結構達観しているため、なかなかミサエの人生に積極的に興味を持ってくれず、読者は「いつになったらさわやかな気持ちになれるのかしら?」という気持ちになる。結局ならない。
ある意味で「おしん」メンタルといいましょうか、何も持っていなくて辛抱して努力した先に何かを得て、何も持っていなかったがゆえに得たものさえ失ってなお辛抱する、みたいな話でした。つらい。
あ、何がどうなってそうなったかみたいなのは結構すぐわかると思います。ただ主題はそこじゃないので。

作者受賞歴
「北夷風人」(「北の文学2011」収録)第45回北海道新聞文学賞(創作・評論部門)佳作
「東陬遺事」(「北の文学2012」収録)第46回北海道新聞文学賞(創作・評論部門)
颶風の王三浦綾子文学賞JRA賞馬事文化賞
肉弾」第21回大藪春彦賞
土に贖う」第39回新田次郎文学賞、2020年度釧新郷土芸術賞受賞。第33回三島由紀夫賞候補。
直木賞ノミネートは本作「絞め殺しの樹」が初。

夜に星を放つ」(窪美澄/文藝春秋)

かけがえのない人間関係を失い傷ついた者たちが、再び誰かと心を通わせることができるのかを問いかける短編集。
コロナ禍のさなか、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の彼氏との交流を通して、人が人と別れることの哀しみを描く「真夜中のアボカド」。学校でいじめを受けている女子中学生と亡くなった母親の幽霊との奇妙な同居生活を描く「真珠星スピカ」、父の再婚相手との微妙な溝を埋められない小学生の寄る辺なさを描く「星の随に」など、人の心の揺らぎが輝きを放つ五編。
『夜に星を放つ』窪美澄 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS

現代モノ枠。大切なひとを様々な形で失い、傷ついたひとたちがそれでもまた他者に手を伸ばすことができるか、みたいな葛藤を乗り越えて生きる…みたいな短編集なんですがまあ「絞め殺しの樹」の後だとそういう繊細な機微が分かりにくくなりますね。前回(第166回)もなんか「同志少女よ、敵を撃て」の後に「新しい星」を読んで同じようなこと言ってた気がするけど著者五十音順で読むと決めてるので仕方ない。
文章は繊細で心理描写も申し分なく、ぜひ思春期に読んで欲しい一冊ではある。文庫化したら司書の方はYA棚に挿しといてください。
あらすじにもある「真珠星スピカ」と「星の随に」が特に良かったです。私のメンタルがお子様なんだな、きっと。

作者受賞歴
ミクマリ」第8回R-18文学賞大賞
ふがいない僕は空を見た」第24回山本周五郎賞
晴天の迷いクジラ」第3回山田風太郎賞
トリニティ」第36回織田作之助
過去の直木賞候補作は、第159回「じっと手を見る」、第161回「トリニティ
ノミネートは本作「夜に星を放つ」で3回目。

爆弾」(呉勝浩/講談社)

東京、炎上。正義は、守れるのか。

些細な傷害事件で、とぼけた見た目の中年男が野方署に連行された。
たかが酔っ払いと見くびる警察だが、男は取調べの最中「十時に秋葉原で爆発がある」と予言する。
直後、秋葉原の廃ビルが爆発。まさか、この男“本物”か。さらに男はあっけらかんと告げる。
「ここから三度、次は一時間後に爆発します」。
警察は爆発を止めることができるのか。
爆弾魔の悪意に戦慄する、ノンストップ・ミステリー。
『爆弾』(呉 勝浩)|講談社BOOK倶楽部

はい待ってました純エンタメ枠。爆弾。時限爆弾が都内に仕掛けられちゃう話。爆弾は春の季語(コナン的に)
霊感がどーのこーのいいながら取り調べ相手の刑事に謎かけをしてそれを解かねば甚大な被害が…というよくある構図。
映像化と考えると取調室での攻防がメインになるところが弱いけど、これは文字媒体だからこそダレずに読める。今やっちゃうと「ミステリという勿れ」を思い出しちゃうのがちょっと惜しかったかなー。
あとはなんかベテラン刑事の失墜についてはもうちょっとなんかなかったのかなとは思う。想像のしようもないしなんかこう…何とも言えないもやり感。とはいえ「スワン」の頃よりも軸がしっかりとしていて一段と読みやすくなったように感じた。

作者受賞歴
道徳の時間」第61回江戸川乱歩賞
白い衝動」第20回大藪春彦賞
スワン」第41回吉川英治文学新人賞、第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞
咲くやこの花賞(文芸・その他部門)
過去の直木賞候補作は、第162回「スワン」、第165回「おれたちの歌をうたえ
ノミネートは本作「爆弾」で3回目。

女人入眼」(永井紗耶子/中央公論新社)

「大仏は眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ」建久六年(1195年)。京の六条殿に仕える女房・周子は、宮中掌握の一手として、源頼朝北条政子の娘・大姫を入内させるという命を受けて鎌倉へ入る。気鬱の病を抱え、繊細な心を持つ大姫と、大きな野望を抱き、それゆえ娘への強い圧力となる政子。二人のことを探る周子が辿り着いた、母子の間に横たわる悲しき過去とは――。「鎌倉幕府最大の失策」と呼ばれる謎多き事件・大姫入内。その背後には、政治の実権をめぐる女たちの戦いと、わかり合えない母と娘の物語があった。
女人入眼 -永井紗耶子 著|単行本|中央公論新社

歴史枠。今をときめく鎌倉殿、な頼朝の娘大姫入内にまつわる話。大河ドラマ観てる方は俳優さんを頭の中でキャスティングすると大変楽しいと思います。
鎌倉幕府最大の失策」と言われていることさえ知りませんでしたが、普通に歴史の授業程度の予備知識があれば苦労なく読めます。風俗的な意味で深く理解しながら読みたいようでしたら国語便覧のご用意を。
何がどうってひたすらに「北条政子マジ怖い」というのが全体の印象でした。現代で言うところの「毒親」「お受験ママ」ですね。娘の意志とかどうでもよくて、ひたすら「自分が考えた娘のしあわせ」を押し付けていて、大姫の不調がそこから来ていることに全く気付いていないという…。周子と打ち解けた大姫がまたなんというかけなげでな。最後の歌がまた、大姫の方は政子の性格を理解しているという悲しさもあって心にキます。

作者受賞歴
絡繰り心中 部屋住み遠山金四郎」(改題「恋の手本となりにけり」)第11回小学館文庫小説賞
商う狼」第40回新田次郎文学賞
直木賞ノミネートは本作「女人入眼」が初。

スタッフロール」(深緑野分/文藝春秋)

戦後ハリウッドの映画界でもがき、爪痕を残そうと奮闘した特殊造形師・マチルダ
脚光を浴びながら、自身の才能を信じ切れず葛藤する、現代ロンドンのCGクリエイター・ヴィヴィアン。
CGの嵐が吹き荒れるなか、映画に魅せられた2人の魂が、時を越えて共鳴する。

特殊効果の“魔法”によって、“夢”を生み出すことに人生を賭した2人の女性クリエイター。その愛と真実の物語。

『スタッフロール』深緑野分 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS

「真実」はともかく「愛」ってなんかあったか? というのは思いますが。創造に対する愛かしら。
主人公は2人で、第一部が1960~70年代の特殊造形師マチルダ、第二部が2017年のCGクリエイター、ヴィヴ。
(おそらく)そう広くはない業界内を描いているため人間関係が狭い。「絞め殺しの樹」並みに狭い。それをご都合と受け取るか必然と受け取るかで評価は大きく変わる気がする。私は必然と取った。もちろん「物語の都合」なのは間違いないんだけど、第二部の主人公がヴィヴその人である以上それは必然として語られるべき文法だと思ったからである。メタで申し訳ないが。
自分にしか作れないものを作ること、仕事としてものを作ること、そして女性としてものを作ることをとにかく真摯に考えるふたり。
スタッフロールに名前が載らなかったこと、載ったことで分かれたふたりの明暗とラストシーンの読後感の良さ。
映画の知識を付けてから再度読みたい一冊。

作者受賞歴
オーブランの少女東京創元社主催の第7回ミステリーズ!新人賞
第66回神奈川文化賞未来賞(奨励賞)
ベルリンは晴れているか」第9回Twitter文学賞国内編第1位
過去の直木賞候補作は、第154回「戦場のコックたち」、第160回「ベルリンは晴れているか
ノミネートは本作「スタッフロール」で3回目。

おわりに

なんか今回直木賞芥川賞合わせても候補作の著者に男性が1人だけとかなんとか。
そういう意味では「爆弾」絡んでくるか? という気がしないでもないけどそれは候補出しの段階で調整できたはずだしなーという感じでまあ、あってW受賞でしょう。でもって、前回W受賞だから今回は1本に絞るだろうし、そこで敢えて男性作家をってのはないよねえ…と思ったり思わなかったり。まあとりあえず、私の予想は「スタッフロール」1本で行きたいと思いまっす。

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