のんびりと。

twitterより長い文章を書く日記。

第169回(2023年上)直木賞候補作全部読むの巻。

はじめに

発表された候補作を全部読んで、どの作品が受賞するか予想しました。
ワンポイント感想で明確なネタバレはしていませんが、本を読みなれている場合は内容の予想がついてしまう表現があるかもしれないので、それがイヤな場合はブラウザそっ閉じ願います。
逆に、フワっとしたことしか言ってないじゃん、と物足りない方がいらしたらそれもごめんなさい。
リンクは全体的にAmazonへ飛びます。

サクッと予想

今回はズバリ「 木挽町のあだ討ち」(永井沙耶子/新潮社)ではないかと予想。
普通に小説として、一番デキがよかったと思います。

個別感想

 「骨灰 」(冲方丁/KADOKAWA)

第169回直木賞候補作! 進化し続ける異才が放つ新時代のホラー。

大手デベロッパーのIR部で勤務する松永光弘は、自社の高層ビルの建設現場の地下へ調査に向かっていた。目的は、その現場について『火が出た』『いるだけで病気になる』『人骨が出た』というツイートの真偽を確かめること。異常な乾燥と、嫌な臭い――人が骨まで灰になる臭い――を感じながら調査を進めると、図面に記されていない、巨大な穴のある謎の祭祀場にたどり着く。穴の中には男が鎖でつながれていた。数々の異常な現象に見舞われ、パニックに陥りながらも男を解放し、地上に戻った光弘だったが、それは自らと家族を襲う更なる恐怖の入り口に過ぎなかった。

 「骨灰」冲方丁 [文芸書] - KADOKAWA

 
良くも悪くもちゃんと書いた洒落怖、といったテイスト。
モチーフ自体は全然目新しくもなんともないんだけど、ちょっと話を複雑化したところが良かった。ただし、その設定が説明不足というか土地とそぐわないというか、どうしてそうなるのかという納得感が薄い。まあホラーだからそれでいいのかもしれんが。
また、話中盤まで普通だった人物がある現象を境にハッキリと取り込まれ、徐々に信頼できない語り手として加速していく様は読んでいてハラハラするし、これがすごく怖いと感じるひともいると思う。ホラー好事家と一般読者で評価は分かれるかもしれない。けど、場面の明暗がはっきりしているので、実写映像化したら映えそう。
 
作者受賞歴
過去の直木賞候補作は、第143回「天地明察 上/」、第156回「十二人の死にたい子どもたち
ノミネートは「骨灰」が3回目。

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極楽征夷大将軍」(垣根涼介/文藝春秋)

やる気なし
使命感なし
執着なし
 
なぜこんな人間が天下を獲れてしまったのか?
動乱前夜、北条家の独裁政権が続いて、鎌倉府の信用は地に堕ちていた。
足利直義は、怠惰な兄・尊氏を常に励まし、幕府の粛清から足利家を守ろうとする。やがて後醍醐天皇から北条家討伐の勅命が下り、一族を挙げて反旗を翻した。
一方、足利家の重臣・高臣は倒幕後、朝廷の世が来たことに愕然とする。後醍醐天皇には、武士に政権を委ねるつもりなどなかったのだ。怒り狂う直義と共に、尊氏を抜きにして新生幕府の樹立を画策し始める。
混迷する時代に、尊氏のような意志を欠いた人間が、何度も失脚の窮地に立たされながらも権力の頂点へと登り詰められたのはなぜか?
幕府の祖でありながら、謎に包まれた初代将軍・足利尊氏の秘密を解き明かす歴史群像劇。

 

実在の人物を題材とした歴史ものは、読者の大多数がキャラクターを認知しており、大まかなあらすじを掴んでいるところからのスタートでいかに物語を引っ張っていくかというのがキモ。…いや難しいっスね。
私のこの作品の超ぶっちゃけ感想は、タイムスリップしてない「信長協奏曲」。メインキャラクターに、時代にそぐわない思考・言動をさせることによって意外性や、つじつまが合わないとされていた部分の帳尻を合わせていく感じ。謎多き尊氏の根幹を「深く考えていないから」という当時の元首にはありえないような性格にすることによって、面白味を出しつつ話を合わせていくという…。戦に強いのも「なんとなく全体を見通して勘所を掴む才があるから」って、えっトラ転も転生もタイムスリップもなしにただ才能なの? っていう一歩間違えればご都合だろうというところを、さじ加減一つで何とかしてる。たぶん。その辺がこの方の持ち味なんだろうね。ということで面白かった。けど読みごたえがあったというよりは冗長だった。もう少しコンパクトにまとまったのでは?
 
作者受賞歴
午前三時のルースター」第17回サントリーミステリー大賞(大賞・読者賞)
ワイルド・ソウル 上/」第6回大藪春彦賞、第25回吉川英治文学新人賞、第57回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)
室町無頼 上/」第6回本屋が選ぶ時代小説大賞、週刊朝日「2016年 歴史・時代小説ベスト10」第1位
過去の直木賞候補作は、第156回「室町無頼 上/」、第160回「信長の原理 上/
ノミネートは「極楽征夷大将軍」が3回目。

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踏切の幽霊」(高野和明/文藝春秋)
「踏切の幽霊」
『ジェノサイド』の著者、11年ぶりの新作!
マスコミには決して書けないことがある――
都会の片隅にある踏切で撮影された、一枚の心霊写真。
同じ踏切では、列車の非常停止が相次いでいた。
雑誌記者の松田は、読者からの投稿をもとに心霊ネタの取材に乗り出すが、やがて彼の調査は幽霊事件にまつわる思わぬ真実に辿り着く。
1994年冬、東京・下北沢で起こった怪異の全貌を描き、
読む者に慄くような感動をもたらす幽霊小説の決定版! 

 
ホラーというよりは社会の怖さ、その在り方に切り込むというテイストが強かった。
1994年ということで携帯ナシ、ビデオとカメラはフィルム、というリアルタイム性の低い中で進む話はもどかしいけれど、そのスピード感が「わからない」ことによる恐怖を演出している…と言えなくもないかな。なんというか、「ジェノサイド」はSFで疾走感がかなり強く、ぐいぐい読ませるタイプの物語だったんだけど、「踏切の幽霊」は段落ごとに思うように情報が取れないもどかしさと、じんわりとした怖さを味わうタイプの物語なのかな、と。単純な怖さ指数で言えば「骨灰」に軍配が上がるが、怖さの種類が違うので何ともかんとも。
 
作者受賞歴
ジェノサイド 上/」第2回山田風太郎賞、第65回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)
過去の直木賞候補作は、第145回「ジェノサイド 上/
ノミネートは本作「踏切の幽霊」が2回目。

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香港警察東京分室」(月村了衛/小学館)
テロリストを追え! 圧巻の国際警察小説。
香港国家安全維持法成立以来、日本に流入する犯罪者は増加傾向にある。国際犯罪に対応すべく日本と中国の警察が協力する――インターポールの仲介で締結された「継続的捜査協力に関する覚書」のもと警視庁に設立されたのが「特殊共助係」だ。だが警察内部では各署の厄介者を集め香港側の接待役をさせるものとされ、「香港警察東京分室」と揶揄されていた。メンバーは日本側の水越真希枝警視ら5名、香港側のグレアム・ウォン警司ら5名である。
初の共助事案は香港でデモを扇動、多数の死者を出した上、助手を殺害し日本に逃亡したキャサリン・ユー元教授を逮捕すること。元教授の足跡を追い密輸業者のアジトに潜入すると、そこへ香港系の犯罪グループ・黒指安が襲撃してくる。対立グループとの抗争に巻き込まれつつもユー元教授の捜索を進める分室メンバー。やがて新たな謎が湧き上がる。なぜ穏健派のユー教授はデモを起こしたのか、彼女の周囲で目撃された謎の男とは。疑問は分室設立に隠された真実を手繰り寄せる。そこにあったのは思いもよらぬ国家の謀略だった――。
アクションあり、頭脳戦あり、個性豊かなキャラクターが躍動する警察群像エンタテイメント!

 

普通に面白い小説だった。肩ひじ張らずに簡単に変な設定のエンタメ系警察小説読みたいなーというときにうってつけ。日本側は最低3ヶ国語が話せることが最低条件として集められた変人ばかり、香港側も捜索対象であるユー元教授に対する感情含め一枚岩ではなくて、上の方針に反して教授を慕っている人がいたり、かと思えば体制に反対するとは絶許、考えているひともいたり。個人的にオチはご都合が過ぎるんじゃないっすかね、とは思いましたが、この一冊の構成としてはまあ悪くないかなと。あとある人物の最終盤で明かされる意外な特技が面白かったです。完全にそのためだけの設定じゃん!
キャストをそろえることを考えるとドラマは難しいかもしれないけど、これはアニメじゃなく実写でぜひやってほしいなあ。

作者受賞歴
土漠の花」第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)
過去に直木賞候補作はなく、ノミネートは本作「香港警察東京分室」が初。amzn.to

 

木挽町のあだ討ち 」(永井沙耶子/新潮社)
疑う隙なんぞありはしない、あれは立派な仇討ちでしたよ。芝居町の語り草となった大事件、その真相は――。
ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙は多くの人々から賞賛された。二年の後、菊之助の縁者という侍が仇討ちの顛末を知りたいと、芝居小屋を訪れるが――。現代人の心を揺さぶり勇気づける令和の革命的傑作誕生!

永井紗耶子 『木挽町のあだ討ち』 | 新潮社

ある日木戸芸者の一八は、侍に芝居茶屋に招かれ、2年前に目撃した「木挽町の仇討ち」の話をするよう言われる。話し終えると今度は一八自身の話を聞きたいと言われ、訝しみながらも話を続けるが…。という感じで、仇討ちの当事者である菊之助の縁者だという侍が、仇討ちの目撃者たちに話を聞いていく。つかみはなんだかよくわからない感触だが、読み進めるうちにこれはインタビューミステリなんだな、と気付く。
最終章の整合性を取るためにしっかりと逆算して作られた舞台、それが江戸時代というシステムであり、芝居小屋であり、仇討ちだった。読み口は軽やかながら、完成度の高い時代物インタビューミステリとして成立している。映像化は単調になりそうだけど、逆にアニメ映画とかいいかもしれないね、と思ったり。
女人入眼」とは全然違う語り口で、この作家さんは時代の空気感を描写するところが持ち味なのかなーと思いました。

作者受賞歴
商う狼 江戸商人 杉本茂十郎」第3回細谷正充賞、第10回本屋が選ぶ時代小説大賞、第40回新田次郎文学賞
過去の直木賞候補作は、第167回「女人入眼
ノミネートは本作「木挽町のあだ討ち」が2回目。

amzn.to

おわりに

前回とは打って変わって全作品がエンタメに寄っている第169回、逆に予想が難しかったです。でもまあ、読んだ後にあれこれ感想が止まらない感じになったのは「木挽町のあだ討ち」だったのでこれに決めましたが、正直どれが獲ってもおかしくはない感じ(←予防線)
ただ、このラインナップで「該当なし」はないはず。最初に候補作を見た時には「まあ冲方さんだろうなー」と思ったので、その直感が外れることを祈って。

結果発表は本日2023年7月19日(水)、選考委員は浅田次郎伊集院静角田光代北方謙三桐野夏生高村薫林真理子三浦しをん宮部みゆき(敬称略、五十音順)の9名です。

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